福岡地方裁判所大牟田支部 昭和58年(ヨ)51号 判決 1984年9月28日
債権者 三池炭鉱労働組合
債務者 中島哲朗
主文
1 債務者は別紙図書目録記載の図書の出版をしてはならない。
2 債務者の前項記載の図書の既製品、半製品、その印刷原版、紙型に対する占有を解いて、福岡地方裁判所大牟田支部執行官に保管させる。執行官はその保管にかかることを公示するため適当な方法をとらなければならない。
3 訴訟費用は債務者の負担とする。
事実
一 申立
債権者は主文第一・二項同旨の判決を求め、
債務者は「債権者の申請を却下する。」との判決を求めた。
二 債権者の主張
債権者は「日刊情報」と題する債権者組合機関紙(以下本件著作物という)について著作権を有する。
債権者組合は昭和三五年に三井鉱山による合理化に反対して三池大争議に突入した。本件著作物はこの三池大争議の最中に債権者組合に所属する組合員や支援者にその時々の情勢と今後の方針を迅速に伝達し、正確な意思統一を図るために日々発行されたものであつた。本件著作物は昭和三五年一月三〇日に創刊号を発行してから、同年一二月八日の終刊まで二七〇号発行された。
本件著作物が債権者組合が発行したものであることはその表題に明示してあることから明らかである。債権者組合は本件著作物を発行するにあたつては組合執行部の指導のもとに五名ほどの編集担当者を決めていたが、その記事は単なる事実の報道にとどまらない内容であつて債権者組合の主張やその立場からの情勢分析とそれに基づく方針の提起などが含まれている。本件著作物は債権者組合の思想を創作的に表現したものとしてまさしく著作権法二条にいう著作物にあたる。債権者は同法一五条に基づき法人として本件著作物の著作権を有している。
債務者は前記三池大争議後の昭和四〇年に三井鉱山(三井石炭)に入社し、債権者組合ではなくいわゆる新労組に所属していたが昭和四一年一月末に退職した。債務者はその後債権者組合に書記として採用され昭和五五年一月八日に退職した。
債務者は本件著作物を三池大争議当時の組合員として受取つたものではなく、債権者組合の書記として働いていた当時ないしその後に個人的に入手したものである。債権者組合として債務者に「日刊情報」の収集を指示したことはなく、復刻版をだすような指示ないし依頼をしたこともない。
債務者は債権者に全く無断で「日刊情報」の復刻版を発行しようとしており、債務者が昭和五八年八月九日社会新報に載せた広告によれば価格八五〇〇円で本件著作物を販売しようとしている。債権者としては債権者に無断でこのような販売行為を債務者が行うことは絶対に認められないところである。
債権者が本件著作物の著作権を有することは明らかであり、債権者は債務者に対して著作権法一一二条に基づく侵害行為の差止請求権を有する。
債権者は債務者に対して本件著作物の販売を中止することを再三要求したが債務者は言を左右にして応じない。
債権者は債務者に対して本件著作物の販売差止の本訴を提起すべく準備中であるが、本案訴訟の判決確定を待つては債権者に回復しがたい損害を生ずるので仮処分によりその販売差止を求める。
三 債務者の主張
債権者主張の「日刊情報」は昭和三五年、首切り合理化反対の大争議となつた三池闘争中組合員や支援者等を対象に、マスコミ攻勢に対抗し三池労組が公衆に迅速かつ正確な事実を周知させることを目的として日々発行されたビラである。従つて「日刊情報」は著作権法二条一項にいう、著作物―思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。にあたらないと考えられ、「事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道」(著作権法一〇条二項)にあたるものである。以上のとおり債権者主張のように著作権が法人としての債権者にあるとするのは根拠がない。
債権者は債権者組合と無関係の債務者が債権者の許可も依頼も受けないで発行した旨主張する。
債務者は昭和四〇年三井鉱山に入社し「新労」に所属していたが、当時の債権者組合宮浦支部の支部長古賀春吉をはじめとする債権者組合の労組員の指導により新労内部に債権者組合への復帰工作をし三名の復帰者を作つたことで昭和四一年一月解雇された。それに先だち昭和四〇年一二月一九日、復帰工作による三井鉱山の解雇処分が予想されたため、債権者組合は文書によつて身分保障を約束し、昭和四一年八月一日から債権者組合組織部に書記として採用された。昭和五三年に端を発した債権者組合書記労働組合員のみを対象とした指名解雇に反対した書記労闘争を経て、昭和五五年二月一二日当裁判所において和解が成立して、昭和五五年一月八日付で退職したことになつたのであり、単なる退職ではない。債権者と債務者との間には昭和五五年一〇月二四日付覚書で「債務者については今後債権者組合は就職斡旋に最大の努力をする。」旨の約定がある。前記和解条項の付帯事項として、あてはまる条件のあつたとき、再就職があつた場合就職斡旋をするとされているが、あてはまる条件とは債権者組合が財政的に再雇用できる条件ができたときには同組合に、又は再就職があつた場合は就職斡旋をするというものである。
「日刊情報」の入手経路とか債務者が三池闘争中組合員でなかつたことは本著作権問題とは無関係である。債務者は「日刊情報」の発行を亡宮川睦男組合員から依頼された。宮川組合長から三池闘争中の一〇万人大集会の写真パネルと「日刊情報」の発行を依頼され、写真パネルは実現させたが「日刊情報」は全号そろえるのに時間がかかり、昭和五六年七月に発行することができた。宮川組合長が昭和四六年に定年退職後に、当時執行部は組合事務所の整理のため、一部を残して膨大な資料を焼却処分しており、債権者において特別に資料の重要性・必要性を感じているとは思えない。
債務者が「日刊情報」を昭和五六年七月に発行したことを債権者は知つていながら二年経過した昭和五八年九月一日にはじめて内容証明郵便で裁判に技ち込む旨通知してきた。
債権者は債務者が「日刊情報」を発行することにより、回復しがたい損害を生ずる旨主張するが、債務者の発行と同時ころ東京で同型の縮刷版が発行されていてそれに対しては債権者が許可したと聞いており、債務者の発行により債権者が損害を受けるとは思えない。
四 証拠<省略>
理由
債権者はその主張の「日刊情報」について著作権を有する旨主張する。
成立に争いのない疎甲第三号証、債権者代表者の供述、弁論の全趣旨を総合すると、「日刊情報」は昭和三五年一月三〇日から同年一二月八日までの間債権者の名義で二七〇号発行されたもので債権者の機関紙の号外としての性格を有することが疎明される。
そして「日刊情報」に掲載されている記事をみると、債権者の労働組合としての闘争を前進させるための情勢分析、闘争方針や要求が盛り込まれており、債務者の主張するような事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道に該当するものではないと認められ、思想又は感情を創作的に表現したもので学術の範囲に属するものに準ずるものと認めるのが相当である。
従つて債権者の主張する「日刊情報」は著作物であり、債権者はそれにつき著作権を有するものと認められる。
債務者が本件著作物につき著作権者である債権者の許諾を得たものとは認め難く、その他債務者がその利用につき正当とされる事情も認め難い。
従つて債権者は債務者に対しその侵害行為の差止を仮処分により求め得ることになる。
よつて債権者の本件申請を正当として認容し、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 糟谷邦彦)
図書目録
三池炭鉱労働組合発行に係る「日刊情報」と題する三池炭鉱労働組合機関紙の写真製版による復刻版